プロフィール:オウンドメディア構築の専門家・波多野義親

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当ブログをご覧くださりありがとうございます。オウンドメディア構築の専門家・波多野義親(はたのよ しちか)と申します。

私は、ブログによって広告収入を生み出すアドセンスブログ。そして自分のビジネスのお客様(見込み客)を集める集客ブログ。

これらアドセンスブログと集客ブログを総称する【オウンドメディア】を構築するコンサルタント活動を行っています。

以下に簡単な自己紹介をさせて頂きます。

オウンドメディア(アドセンスブログ)の実績

私がオウンドメディアの構築に取り組み始めたのは2013年5月です。初めて手がけたオウンドメディアはグーグルアドセンスと呼ばれるオンライン広告で収益を得るブログでした。

アルファ・ブロガーやパワー・ブロガーと呼ばれる、カリスマ的な人気を誇るブロガーたちの月間PV(ページビュー、アクセス数)が100万PVから300万PVと言われる中、私のオウンドメディアは運営開始後半年ほどで500万PVを達成。

そのオウンドメディアが生み出す毎月の広告収入も、当時まだサラリーマンだった私の月給を大きく上回るものとなりました。

その後、2014年、2015年と着実に私のオウンドメディアのファンの獲得に成功。

500万から1000万の月間PV(ページビュー、アクセス数)を継続的に記録し、2015年にはついにその年の一年間累計のPV(ページビュー、アクセス数)は一億三千万を超えることが出来ました。

以下はその証拠画像です。
(年間PVが一億超えたオウンドメディアはこのサイトではありません。当該オウンドメディアのURLは非公開とさせて頂いております。ご容赦ください)

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またオウンドメディアのPV実績やグーグルアドセンスの報酬実績が評価され、グーグルアドセンスの担当者を付けて頂き、これまで幾度となく六本木にあるグーグル本社にもお招き頂きました。

以下の写真は、グーグル社の社員食堂で撮影したものです。グーグル本社を訪問した際、ビュッフェスタイルの社員食堂でランチをご馳走になりました。

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昭和40年生まれのバブル世代

私は昭和40年に神奈川県茅ヶ崎市で生まれました。

平凡なサラリーマン家庭で育った私でしたが、高校卒業後は美大への進学が志望。しかし、親の猛反対に遭い断念することを余儀なくされました。

高校在学時の成績は決して悪くはなかったので、推薦枠を使って簡単に入れそうな私大にとりあえず進学。しかし、そんな動機で入った学生生活は退屈の極みで、程なくして中退。

ところで、同年代の方ならおわかりかと思いますが、昭和40年生まれの私はバブル世代に属します。

バブルの真っ只中だった大学中退当時、そんな私ですら北米では非常に有名な某外資系企業に就職出来ました。そして、経理畑一筋のサラリーマン人生が始まりました。

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※上の写真はバブル期のジュリアナ東京です。私は地味な性格なので、当時こういった場所には出入りしていません(笑)(出典:www.officej1.com

副業を開始した動機は「下流老人」への恐怖

バブルのぬるま湯の中で育ち将来への危機感など皆無だった私に転機が訪れたのは、私が40歳になって数ヶ月経った2006年のことです。

その頃、表計算ソフト・エクセルの操作を得意としていた私は、会社の退職金規定と給与規定、そして年金制度の諸データから60歳の定年退職後の暮らしをシミュレーションするワークシートを開発。(※当時、60歳以降の雇用延長制度はありませんでした)

完成したばかりのそのワークシートに早速、自分自身のデータを入力した次の瞬間、私は顔面蒼白になりました。

2015年に「老後破算」「下流老人」という言葉が日本中に拡散しましたが、2006年の時点で私は自分がそうなりかねないことに気づかされたのです。

今となっては幸運だったその時の発見で焦りに焦った当時の私は、老後のサバイバル情報を集めまくったものです。

そして種々の調査の結果、60歳以降の安心を手に入れるためにも自分のビジネスを持とうと一念発起。そして、目先の収入を増やすためではなく、将来、自分が自分のビジネスを持つための訓練を目的として副業を開始しました。

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様々な副業を経験した中で知ったブログの持つ可能性の大きさ

初めて手がけた副業はブログでした。自分のブログにグーグル社が提供する広告(グーグル・アドセンス)を設置することで収入を得られるという記事を何かの新聞で読んだのがきっかけでした。

しかし、どれほどそのブログに力を注ぎ込んでも1ヶ月の報酬は一万円止まり。その頃の月間アクセスは3万前後といったところだったでしょうか。

著名人ならともかく無名の個人が大量のアクセスを集めるのはそもそも無理な相談なのではないか。そんなブログへの迷いが生じる中、友人から勧められたヤフオクに自分の不用品を出品したところ、初めての出品で落札額は20万円を超えてしまいました。

その頃、ヤフオクで成功した方の書籍が何冊か出版されていたので、それらを参考にしながら古物免許を取得して古物転売や、輸入品の転売を開始。

ブログのことはすっかり忘れ、ヤフオク転売から得られる月々の粗利益も会社の月給を超える額にまでなったものの、商品発送や顧客対応などの一切を任せていた家内が病気になり、ヤフオク転売の継続が困難な事態に陥りました。

2013年のことです。

そんな中、2006年に初めて手がけたブログのアクセス数を7年ぶりに確認したところ、我が目を疑いました。7年もの長きにわたって放置していたにも関わらず、そのブログはいつの間にか毎月10万を超えるアクセスを集める人気ブログに勝手に成長していたのです。

コンテンツさえしっかりと作り込めば、ブログは時間が経過しても色褪せることがない。というより時間が経過するほどにファンが集まりアクセスが増える。

それは、ブログの可能性の大きさに気がついた瞬間でした。

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閑職に飛ばされる一方でオウンドメディアの構築に成功

上述の通り、2013年に一から始めたオウンドメディアは、半年あまりで会社の月給の数倍の広告収入を生み出してくれました。

ちょうどその頃、私の勤め先だった会社が他社に買収されました。

ある会社が他社に買収される時、真っ先に自分のポジションを失うのは総務や経理、人事などの間接部門に席を置く者です。

経理マンだった私もその例外ではなく、勤め先の買収完了後は真っ先に閑職へ。

高校生アルバイトでも十分にこなせるような単純作業が続く日々の中、私はストレスから健康を損なってしまいましたが、そんな私を窮地から救ってくれたのがオウンドメディアでした。

健康を著しく損なった私は退社を余儀なくされたものの、すでに別の収入の柱の構築を完成していた私は安心して独立を果たすことが出来ました。2014年のことでした。下の画像版権: christianchan / 123RF 写真素材

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オウンドメディアによって取り戻した人生の主導権

オウンドメディアによって、私は将来への経済的安心を得ることが出来ましたが、オウンドメディアで得たことはそれだけではありません。

オウンドメディアで手にした最大の価値、それは人生の主導権を自分の手に取り戻せたことです。

私は高校生時代、美大への進学を望んでいたことは上に記した通りですが、美大を志望したのは大好きな映画の仕事に携わりたかったからです。

その夢を一度は断念した私でしたが、思わぬ形でその夢に再び近づくことが出来ました。ささやかな額ではありますが映画への出資に参加することが出来たのです。

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※浅野忠信主演、映画『壊れた心』公式サイトの一番下に私の名前がクレジットされています。

オウンドメディアを起点にして少額出資から始まった私の夢のビジネスは、今は次のステップに突入しています。これもオウンドメディアによって人生の主導権を取り戻したからこそ出来たことです。

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私の願い

今、私は年間一億PV(ページビュー、アクセス数)を集めるオウンドメディアの他、月間で十万から百万ほどのPVを集めるテストブログを複数運営しています。

それらオウンドメディアやテストブログから得られるデータの検証を繰り返し、より再現性の高いオウンドメディア構築メソッドに磨きをかけ続けています。

これらの私がこれまで積んで来た経験や知見をもとに、一人でも多くの方にオウンドメディアによって将来への安心感を手に入れて頂きたい。

自分のオウンドメディアとそこから得られる新たな収益源を持つことで、他者に捧げてしまった人生の主導権を再び自分の手に取り戻してもらいたい。

それが、当オウンドメディア『ブログ屋』を始めた私の願いです。

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